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J.G. Bart gives lectures in Tokyo 18,19/05/2012

 
Poster un nouveau sujet   Répondre au sujet    Dansomanie Index du Forum -> ダンソマニ 日本語バージョン- Dansomanie en Japonais
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mutsumi



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MessagePosté le: Jeu Mar 29, 2012 5:06 pm    Sujet du message: J.G. Bart gives lectures in Tokyo 18,19/05/2012 Répondre en citant

来る5月19日土曜日、ジャン=ギヨーム・バールが上智大学において、"Gautier et la danse"の題目で講義を行います。

http://www.info.sophia.ac.jp/futsubun/annonce/Gautier2012_programme0315.pdf
http://www.info.sophia.ac.jp/futsubun/annonce/Gautier2012_affiche.pdf
http://www.info.sophia.ac.jp/futsubun/

入場無料、誰でも聴講出来るようで、通訳もありのようです。


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mizuko



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MessagePosté le: Ven Mar 30, 2012 6:22 am    Sujet du message: Répondre en citant

mutsumi さん、お知らせありがとうございますVery Happy

事前申し込みも不要と書いてありますね。 こんな機会は滅多にないので、是非参加したいと思いまーす!


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mutsumi



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MessagePosté le: Ven Mar 30, 2012 3:03 pm    Sujet du message: Répondre en citant

どんな話が聞けるのか、私も楽しみです Smile


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mizuko



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MessagePosté le: Sam Mai 12, 2012 1:17 pm    Sujet du message: Répondre en citant

数日前にツィッターで回ってきたのですが、ジャン=ギヨーム・バールは、5月19日の上智大学での講座のほかに、5月18日(金) に青山学院大学でも講座を行うようです。

青学の公式サイトには告知がないのですが、来週のことなので、とりあえずお知らせしておきますね。


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mutsumi



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MessagePosté le: Sam Mai 12, 2012 3:08 pm    Sujet du message: Répondre en citant

青山学院大学のサイトに予定が出ました Surprised

http://www.cl.aoyama.ac.jp/french/2012/conference.html


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mizuko



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MessagePosté le: Sam Mai 12, 2012 3:34 pm    Sujet du message: Répondre en citant

mutsumi さん、ありがとうございます!

Citation:
・ジャン=ギヨーム・バール氏講演会
「ダンス・クラシックの今:伝統と革新のはざま、逆説に満ちた世界」(通訳付)

  日時:2012年5月18日(金)18:00~19:30
  場所:青山キャンパス9号館4階940教室

*ジャン=ギヨーム・バール氏は元パリ・オペラ座エトワール。現在は後進の指導に当たるとともに、振付家としても活躍されています。


スレッドのタイトルもちょっと直しますね Wink


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mizuko



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MessagePosté le: Mar Mai 22, 2012 2:15 pm    Sujet du message: Répondre en citant

5/18(金) の青山学院での講演と、5/19(土) の上智大学での講演の両方に行ってきましたので、簡単にご報告しますね。


「ダンス・クラシックの今:伝統と革新のはざま、逆説に満ちた世界」(通訳付)

2012年5月18日(金)18:00~
青山学院大学


階段式の教室で、遅れて来た方も含めて、だいたい80人くらいは聴講してたと思います。 学生と思われる若い方々が多かったです。

ダンス・クラシックがどのように発展してきたのかを見ていくという講演で、非常に貴重なものを含む映像の紹介や、JG バール氏のちょっとした実演もありました。 ただ、配付資料もなく、バール氏も原稿を見ながらどんどん話しますし、通訳の方もあらかじめ原稿を用意出来ていたようで、どんどんどんどん話を進められて、メモを取るのも追いつかないというほどでした。 なので、一応ご報告として書きますが、あまり自信がありません。 この2点ご考慮いただければと思います。


まず、バール氏が話していたのは、

1) ダンス・クラシックの基盤とは
2) ダンスの歴史
3) ダンサーの身体性の変化に伴う観客の視点の変化

の三つに分けられると思います。


1) 「ダンス・クラシックの基盤とは」

最初にガリーナ・ウラノワの映像* が紹介されました。 ウラノワはバール氏にとって、「クラシックの思想そのもの」 だそうで、まずはウラノワを私たちに紹介したかったのだそうです。 バール氏によるダンス・クラシックの定義とは:

・ 芸術という一族の一員
・ 表現することによって感情を運ぶもの
・ 理性と感情、知性と想像を結びつけるもの
・ 光に満ちたポジティヴな印象
・ ダンサーの身体を使うもの
・ 文明を得たもの 等々

自らの身体の限界を追求することによって、感情をコントロールすることが可能になるともおっしゃっていました。

ダンス・クラシックの基本として重要なのは、"エポールマン" (上半身をひねって作り出す肩から首の位置) で、これは古代の彫像が由来であり、均整という意味での調和を作り出すとのこと。 ここで実演して見せてくれたのですが、これが美しいのなんのって! それと、ダ・ヴィンチの絵画や古い肖像画にも用いられているでしょ?と言って、いくつかポーズをしてくれた中の何気なく取ったひとつ、ダ・ヴィンチの 「洗礼者ヨハネ」 は鮮烈でした。

さて、もう一つ重要なのは 「水平・垂直」 ということで、身体の垂直軸を基点として上体をひねることにもなるし、これは安定につながるとおっしゃってました。 エポールマンを作り出すのに欠かせない点ですね。 そして、上体が感情のありかとも考えられていたそうです。


* ユーリ・コンドラートフとの短いパドドゥで、題名は 「Etude」 、1951年撮影、振付家は不明となってました。 (音楽は、クレジットに Sharman と見た気がするのですが、記憶違いかもしれません。) ヴェールを持って踊るもので、特にストーリーのようなものはないのですが、とにかくそのウラノワの清らかで夢のような存在に目を見張りました。 ウラノワは伝説のバレリーナとして多く語られてますが、伝説と言われる所以を確認した思いです。 ちなみに、つい最近ウリヤナ・ロパートキナが Dance Open のガラで踊ったパドドゥにかなり似ていますが、これとは違う気がします。 http://youtu.be/1IfCBqcvNRQ


2) 「ダンスの歴史」

これについては、いろいろなところに資料がありますので、詳しくは書きません。

・ 16世紀の宮廷舞踊が元であること
・ ルイ14世の時代に体系化され、五つのポジションが作られたこと
・ 18~19世紀に黄金時代を迎えたこと
・ 「ラ・シルフィード」 に代表されるロマンチック・バレエの時代を経て
・ 19世紀後半にプティパが登場
・ 20世紀にはバレエ・リュスが席巻
・ 1917年のロシア革命を期に、アクロバティックな技が出現するようになり、表現力は重視されなくなっていく
・ 1950年代 バランシンは細長い身体を強調する

五つのポジションについて軽く実演もしてくれました (きれい!) が、アンドゥオールについての説明が興味深かったです。

<何故アンドゥオールにするのか>
1. 機能的であるから。 アンドゥオールにしてあれば、前後左右どの方向にも足が出せるし、動きやすい。 (アンドゥオールを意識してレッスンすると、私でも実感できます。 特にアレグロ。)
2. アンドゥオールとは、開く (オープン) ということで、それは受け取るということにも与えるということにもつながる。 観客との心理的側面に影響する。

それと、バロック・ダンスの映像も紹介されました。 ダンス・クラシックの元になった宮廷舞踊が発展していったものと考えられると思いますが、ステップやポジションが確立され、また時代を追って衣装が軽くなることによりステップが増え、オペラから独立していったそうです。


3) ダンサーの身体性の変化に伴う観客の視点の変化

今から30年くらい前から、ダンス・クラシックは更に変化していくことになり、その結果どのようなことになっているのかを映像を交えてのお話でしたが、バール氏は現在のダンス・クラシックに対してかなり悲観的な考えを持っているようでした。

「シルヴィ・ギエムの登場により、観客の関心が上げた脚の高さ、つまり、ダンサーの身体性に集まるようになり、芸術的な資質を見なくなった。 また、このような身体性を持たないダンサーは、去らなければいけなくなっている。 このことに警鐘を鳴らしたい。」

シルヴィ・ギエムを批判しているわけではなく、本人が望んだわけではないだろうとおっしゃってました。 ギエムは、あまり知られてないことだけれども、柔軟な身体をコントロールするためには筋力をつけないといけないので、たくさんの努力をしていたのだそうです。

いくつか映像が紹介されました。

● 「眠れる森の美女」第一幕のローズ・アダージオの映像で、1954年のシゾーワのものと2011年のザハロワのもの

- この二つの映像を見るとき、観客の視線はどこにいくか?

ザハロワのオーロラ姫を見るときの観客の視線は明らかにその脚にいくはずで、しかしまるで体操選手のようで、身体から出てくる感情表現までには至っていない、とちょっとアイロニックにおっしゃってました。 一方、シゾーワのオーロラ姫は、エネルギッシュで若さ溢れるという印象。 観客の目はその表情、ダンス全体、ダンスの表現力に向いているはず、と、カルサーヴィナの言葉も引用しながら話されてました。 シゾーワの映像の頃は、ダンス・クラシックにおいては感情表現が何よりも大事で、思いの強さが体を通してダンスになると考えられていたとのことです。

● 「グラン・パ・クラシック」 を踊るシルヴィ・ギエム

イヴェット・ショヴィレにコーチを受けている映像で、ドミニク・ドルーシュのドキュメンタリー 「エトワールの肖像」 からの抜粋です。 上記に書いたことをおっしゃってました。

ダンサーの身体性に観客の関心が集まるようになり、シゾーワのオーロラ姫にあるような軽さや素早さのあるダンスは失われている、と。 更には、ラインの調和も現在のダンス・クラシックでは軽視されているのことで、例えばバランシンの 「セレナーデ」 にあるような、アラスゴンドの脚の高さ、腕の角度、視線がパラレルになるはずの場面でも、今のダンサーたちはアラスゴンドの脚を高く上げすぎるために、本来生み出されるはずのラインの調和が完全に失われてしまっていると、嘆いていらっしゃいました。

● イヴェット・ショヴィレから 「ノーテオス」 のコーチを受けるモニク・ルディエール (「エトワールの肖像」 からの抜粋)

素早い動き、小さいジャンプ、バッテリー、回転などが多用されたヴァリエーションで、本当に見事にルディエールが踊るのですが、こういった美しさが今のダンス・クラシックにはないとバール氏。 更には、ロシアで教えたとき、感情を伝えるダンス・クラシックの重要なテクニックであるバッテリーをロシアのダンサーたちが嫌がったというエピソードも話されてました。


今度は、男性ダンサーについて。 今日に至るまでに、二つの特性に分かれていった、と。 一つは、両性具有的なダンサーに、もう一方は、非常に男性的でアスリート的であるダンサーに。 両性具有的なダンサーの特徴である細くて長い脚は、筋力が弱く、男性のテクニックには向かないそうです。 ここで、徐々にダンスによる表現が失われ、体操のようなアスリート的な踊り方になっている過程を示すため、代表的な男性ダンサーの映像が年代を追って紹介されました。

「パキータ」 より男性V (相当古い映像で、ダンサーがわかりませんでした。) --> ヌレエフ (「海賊」 フォンテーンと踊っているもの) --> バリシニコフ (?) (「ドン・キホーテ」 かなり古い映像) --> ルジマートフ (「海賊」 アリ -マリインスキーの全幕の映像だと思います) --> マラホフ (『海賊』 ランケデム -ABTの全幕のからです) --> マトヴィエンコ (『海賊』 コンラッド -ボリショイが上演した復刻版) --> ワシーリエフ (『パリの炎』 ラトマンスキー版の全幕の映像から)

バール氏が言うには、体操のような踊り方が見られないのは最初の二つだけとのことです。

また、ダンス・クラシックにおいて非常に大事なのは 「視線」 で、これが観客の注意を惹きつける、と。 例えば、アラベスクのポジションの自分の前に出ている腕、手の行き着く先に視線をおく。 (手を見るのではなくその先です)。 視線の持って行き方によって、舞台空間の広がりも示すことが出来る、目には精神が宿り、感情を表現する、これはインドの伝統舞踊の基本原理と同じなのが興味深い、とのことです。

それと、一つの動きから発散される視線のタイプによっても変化する、と。

ダンス・クラシックには "思考" がなければならず、テクニックはその思考を運ぶものであるはずで、それによる感情表現が何よりも大事である、それには 「視線」 も用いることが必要だ、とのこと。


● エドゥアルド・ロック 「アンドレ・オーリア」 からの抜粋* とマクレガー作品の映像の紹介

感情を排し、ムーヴメントと身体性を追求している作品なわけですが、この非人間的な趣向に傾倒していくのは、ダンス・クラシックとして問題であると思っているそうです。 ダンス・クラシックはテクニックに閉じ込められてしまうものではなく、思考を運ぶものであるはず、と。 また、光に満ちたポジティヴな印象もなければ、均整・調和も見られないとのこと。 (この振付家たちはダンス・クラシックの技法を用いていると言っているけど、と皮肉を交えて。)

* パリ・オペラ座が上演したときの映像で、踊っているのは、マリ=アニエス・ジロ、ドロテ・ジルベール、ステファニー・ロンベール (?)


今は舞台から退いているため、バール氏は観客の立場として見ているのだそうですが、現代は、調和や時を超えた感覚というようなそのダンス・クラシックの本質を失いつつあるように思われているそうです。 コンクールに顕著に見られるテクニックの数量化についても批判されていました。

このような流れにあるダンス界でも、偉大な芸術家といえるダンサーは存在しているともおっしゃってました。 ただ、現代に求められる身体性を備えていないので、中心に出てくることがないそうです。


● ナタリア・マカロワとミハイル・バリシニコフによる 「Other Dances」(ロビンズ) の映像の紹介 (アダージオのみ)

偉大な芸術家とは何かを見せつけられる映像でした。 酔いしれるのみ。


最後に、この講演を通して、アスレティックな踊りが好きでもそうでなくても、これまでとは違った目でバレエを見ていただけると嬉しい、ダンス・クラシックとはどういうものであるのか考える機会になれば、と講演を締めくくられていました。


<Q&A>

1) 今回の講演では、音楽性についてあまりふれられてなかったが?

バール氏:
講演の内容をアカデミックなダンスについてに止めておきたかったので、音楽性については触れなかった。
現代のジムナスティックなダンスを好む傾向は世界的。 脚を高く上げるのはいいが、その後の動きにもっと注意を払うべき。 また、このような踊り方は身体への負担も大きく、そのためにキャリアを早く終えなくてはいけないダンサーは実際にいる。 表現やラインの調和を重んじるダンスに戻ってはどうか?

2) 今回のテーマは、アスレティックなダンスを好む傾向が日本に多く見られるから選んだのか?

バール氏:
この傾向は世界的である。 日本のダンサーでも現在求められる身体性の基準を満たしてないために、スポットライトを浴びることのないダンサーを知っている。
ただ、それとは別に、日本は名前のあるカンパニーやダンサーを好む傾向が顕著だと言えるかもしれない。

3) バレエ教師としてどういうことを教えるべきか?

バール氏:
メッセージとして言うならば:
・ 強い印象と感動は別である
・ 動かない瞬間もダンスである
・ 演劇的な面も必要
・ 表現を磨くこと
・ 身体を歌わせること

バランシンからは身体が歌えると言うことを学んだ。 また、テクニックの完璧さは表現のブレーキにもなる。 芸術に完璧はない。 敢えて言うなら、あるのは 「絶対」 absolute 。

レッスンは筋肉の使い方を学ぶもので、身体を強くするのと厳密さは違う。 厳密さにこだわると表現が失われてしまう。 レッスンは厳しいものだが、心の自由を目指していってほしい。 それにより自分自身に出会うことができる。


- 以上 -


まとまってるんだかまとまってないんだかという書き方になってしまいましたが、メモしてあったものから一通りご報告しました。

あくまでもバール氏のダンス・クラシックに対する考え方と捉えていいと思いますが、私は賛同します。 10代の頃はやっぱり高く上がった脚に熱狂してましたが、今はそれよりも感情表現とか知性とか音楽性とかのほうに惹かれます。 それに、古典作品において、姫が観客におまた丸見えってのは、ちょっとはしたないでしょ。 それこそ知性と思考を持ってダンスに臨めば、おのずとエクステンションにばかり気を取られることはないと思うのですよね。 ただやっぱり世界的には身体性をもてはやす傾向にあるのは私も確かだと思うし、それに反旗を翻すのはたやすいことではない。 でも、パリ・オペラ座には少し希望を持っています。 オーレリー・デュポンやドロテ・ジルベールはそこまでの身体性を持っていないけれど、彼女たちは古典を踊る。 3月の 『ラ・バヤデール』 では、パリの観客はザハロワに熱狂してましたが、よりデヴェロッペの過程に表現と音楽性を湛えていたオーレリーのほうが私の好みでした。 (YTよ、ありがとう!) ドロテ・ジルベールも 「調和が大事」 とどこかのインタビューで答えてましたね。 先日パリ・オペラ座の舞台に別れを告げたクレールマリ・オスタも超人的な身体性は持っていませんが、知性を持ってマノンを語り、アクロバティックに偏りがちな沼地のパドドゥでも表現に大きく比重を置いて踊って、観客を圧倒していました。 また、観客もそんなオスタのマノンに感動していたというのは、これも小さな希望だと思います。



[追記]
赤字箇所、加筆しました。 (5/23)
赤字箇所、訂正しました。 (エドゥアルド・ロック (正) 「アンドレ・オーリア」/(誤)「アメリア」) (6/10)




Dernière édition par mizuko le Dim Juin 10, 2012 2:11 pm; édité 2 fois
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mizuko



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MessagePosté le: Mar Mai 22, 2012 2:49 pm    Sujet du message: Répondre en citant

ソフィア国際シンポジウム
テオフィル・ゴーチエと19世紀芸術


第三部 舞踊

ジャン=ギヨーム・バール (パリ・オペラ座)
「ゴーチエとダンス」

2012年5月19日(土) 18:00~20:00
上智大学


青山学院での講演はノートを取っていたのですが、上智大学の方はほとんど取ってませんでした。 ので、短くごく簡単に。

バール氏の講演の前に、岡見さえ氏による 「ゴーチエのバレエにおける身体の表象」 (物質と精神が対立するというより表裏一体のように存在している) 、そして、小山聡子氏による 「ゴーチエ、ジャナン、マラルメ - 3枚の鏡に映った19世紀バレエ像」 (ゴーチエを中心にその前と後に登場したバレエ評論の分析) の講演がありました。 

小山聡子氏の分析で、ゴーチエはそれまでのバレエに新しい考え方を提唱したことが示されています。 それまではバレエには演劇的な要素が強く求められていたのに対し、ゴーチエは、「バレエは眼に見える交響曲」 であり、ダンサーが示す美しい形やパが暗示するものから受ける個人的な印象から再想像して 「自分なりに解釈すればいいのだ」、という考え方。 バール氏は、ゴーチエは少なくともその後のバレエの流れを感じていたに違いないとし、ゴーチエは 「もし自分がオペラ座のディレクターだったら、作家ではなく画家に台本を作らせる。」 と言っていた、と。 しかし、ゴーチエは、台本作家は振付家に従うべきとも考えていたそうです。

画像を紹介しながらバール氏が話されたのは:

・ テオフィル・ゴーチエ
・ ゴーチエその時代のバレリーナ、バレエダンサー

・ ゴーチエのバレエ
『ジゼル』(1841年) - 元となったのは、ユーゴーの詩 「ファントム」(亡霊になる少女の話) とハイネの 「ドイツ論」(ウィリについて書かれている)
『ラ・ペリ』 (1843年)
『パクレット』 (1851年)
『ジェンマ』 (1854年)
『ヤンコ』 (1858年)
『サクンタラ』 (1858年)

これ以外に上演されなかったバレエや、ゴーチエの死後に出てきた台本もあったとのことです。

- 上演されなかったバレエ
『クレオパトラ』 (1838) 後に小説 「ある夜のクレオパトラ」 として出版
タイトル不明の作品 (1848) ロンドン
『恋する彫像』 (1853頃)

- ゴーチエの死後に出てきた台本
『ハメルンの笛吹き』 (1870-1)
『セビリアの結婚』 (1870頃)

それから、ゴーチエに影響されたバレエと考えられるのは、プティパの 『ファラオの娘』、『カンドールの王』、フォーキンの 『アルミードの館』、『クレオパトラ』、「薔薇の精」 などが上げられるとのことです。 フォーキンの打ち出した方向性は、バランシンやロビンズに引き継がれているとおっしゃってました。


Q&A で答えた内容として、ロマンチック・バレエは、バレエ・ダクシオンから離れていこうとした時期と捉えることができる、ただ、ロマンチック・バレエの時代は全てロマンチック・バレエだったわけではない、とのこと。 さらに、『ジゼル』 も初演当初は第2幕にもマイムがあったし、第1幕の終わり方も、バチルドがジゼルのお墓の前に佇むというように抽象的な終わり方だったそうです。

それと、昨年秋にパリ・オペラ座で初演された 『泉』 La Source については:(メモを取ってなかったのでうろ覚えです)
これは復刻版ではなく、残された断片を元に新しく作ったもの。 今の劇場は古いものを復刻することにあまり関心がなく、『泉』 についても上演するまでに10年かかった。 復刻版を手掛けるなら、ヴィハレフ (のレベル) でなくてはならない。 ピエール・ラコットはまあまあといったところ。

あと、ゴーチエの失われたバレエを復刻することについてはどうかという質問に、ネガティヴと答えていました。 『サクンタラ』 だったと思いますが、『ラ・バヤデール』 が出てきてしまった以上対抗できない、それとこの作品は男性が女性を片手でリフトするのが呼び物だった作品だが、今の時代、ドン・キホーテなどで普通にやっているので、当時の振付を復刻することに意義がない、更に言えば、この当時のバレエには男性ダンサーが活躍するシーンがない、とのことで、もしゴーチエの作品を復刻するなら、現代の振付、音楽、衣装、舞台美術を付けるのならいいだろう、とのことでした。(合ってますかね?)


どなたか補足してくださると嬉しいです。


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mizuko



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MessagePosté le: Mer Mai 23, 2012 4:02 pm    Sujet du message: Répondre en citant

青山学院のほうのレポートですが、3) の中の一箇所加筆しました。 赤字部分です。


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mutsumi



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MessagePosté le: Dim Juin 03, 2012 5:44 pm    Sujet du message: Répondre en citant

2週間以上経ってしまいましたが、私も上智の講演を聴きに行けましたのでご報告させていただきます。
既にmizukoさんからもご報告いただいていますし、講演中私もメモをあまり取れず、そのメモも私見が混在していたため、純粋にバールが話したことで私がご報告できるのは、ほんの少しで申し訳ないのですが・・・


講演は、はじめの約1時間はあらかじめ用意したと思われる原稿をバールが読み上げながらどんどん進みました。
内容は、mizukoさんが先にご報告下さったように、
ゴーチエについて、ゴーチエ時代のバレリーナ、ゴーチエ時代の男性ダンサー、ゴーチエの手がけた6つのバレエについて等でした。
ゴーチエに関してもダンサーに関してもバレエ作品に関しても、バール自身の私見はほとんど交えず、史実だけが語られたように記憶しています。
この1時間強でバールにより語られた<ゴーチエとバレエ>に関する情報量の多さもすごかったですが、
合間合間に紹介された画像の質と量もまた特筆されるべきでしょう。
配られた資料を見ると、写真、リトグラフ、風刺画と、実に85枚以上の画像が提示されたのですが、
最後のジゼル姿のガリーナ・ウラノワの写真以外はほとんど全て、1800年代当時のもののようでした。

講演の内容は、私のメモを頼りにすると、

ゴーチエについて
・ゴーチエは旅行家でもあった。多くの異国に行った。批評は日銭稼ぎだった。
・リアリスティックなものには耐えられない。作り話風のものの方が良い。

ゴーチエと女性ダンサー
・当時、ロマンチックなタリオーニと情熱的なエルスラーが双璧をなしていた。
・その後カルロッタ・グリジが登場。ゴーチエのミューズとなり、彼女が彼の『ジゼル』と『ラ・ペリ』を踊った。
・グリジの前はゴーチエはファニー・エルスラーが好きだった。彼女はカチューシャの踊り等、民族舞踊を得意としていた。
 そこから影響を受けインド舞踊に興味を持ち、『サクンタラ』が作られることになる。

ゴーチエの男性ダンサーへの視点
・はじめは男性ダンサーを見るのはきらいだった。
・ジュール・ペローとグリジを見て変わり、後にペローを賞賛するようになった。
・「ゴムでできた男」と言われた、アルチュール・サン=レオンも賞賛。

ゴーチエのバレエ(台本家として)
・台本とは:話をダンスに変換する必要がある。
・時代的には、はじめはよく知られた話を使えばよかった(ので台本を書くのは楽だった)が、だんだん未知のものを求められるようになってきていた。
・『ラ・シルフィード』は理想のバレエだと思った。
・台本家と振付家では、振付家の方が重要。

『ジゼル』
・共同執筆者のサン=ジョルジュは、シノプスを作るのがうまかった。かつてゴーチエが糾弾していた人だったが、観客の好みをよく知っていて、経験もある人だった。話の一貫性があり、暗い部分は除去した。
・『ジゼル』には、サン=ジョルジュと共著したオリジナルと、後に改訂されたゴーチエ単独で書かれたもの、2つの台本が存在する。

2つ目の作品『ラ・ペリ』
・まだ本当はオリエントに行ったことがない時に書いた。(その後本当のオリエントには失望した)
・批評家には賛否両論があった。「『ジゼル』をオリエントにしただけではないか」とも言われた。

『パクレット』
・人気のあったファニー・チェリートとアルチュール・サン=レオンが踊った。特にチェリートは美しく、表現力があった。
・いろいろな所で上演したが、あまり人気が出なかった。

『ジェマ』
・イタリア旅行の後で書いた。

『ヤンコ』
・エキゾチズムがゴーチエを魅了。
・ジプシーの生活に興味を抱いた
・オペラ座では上演されなかった。
・オペラ座でかつてコールドバレエで踊っていた無名の振付家を起用した。

『サクンタラ』
・アマニー座の踊り子、インドのバヤデール達がパリにやってきた。
・インドへの憧れ。
・アマリア・フェラリーという素晴らしいダンサーがサクンタラを踊った。
・サクンタラは妖精と人間の間の子供。王子と愛しあうが、王子は記憶を失ってしまう。王子はアムザッティと結婚することになり、サクンタラのことを忘れてしまう。サクンタラは魔術で美しくなり、二人はめでたく結婚する。

他にも日の目を見なかった作品がある。
また、ゴーチエの作品を元に他者がバレエを作った。フォーキンの『薔薇の精』等。フォーキンの『レ・シルフィード』、バランシンの『セレナーデ』、ロビンスの『インザナイト』へと流れは続いた。

以上が講演本編のメモです。


続いて30分弱の質疑応答。
ここでは、講演本編で封印していたバール節が炸裂したように思います。

1つ目、『サクンタラ』を復刻することについての質問に対する応えは
この作品が再び日の目を見ることがないであろう理由として、既にmizukoさんが書いて下さっているのにもう1つ加えて、
現在の風潮として、過去の作品を掘り起こす作業にお金(助成金)が出づらい環境にあることを挙げていました。

2つ目、『La Source』復刻のフランスでの反響について。
忠実に言うと、完全な再演でもなく再構築でもなかった。失われたものが多かったので、台本も書き直す必要があり、初演当時のものとは異なっている。
再上演ということで観客の注目度は高かったが、ひとつの作品が舞台に上げられる時、観客の注目度と主催者側の温度差がある。必ずしも両方が一致しない。現在フランスのバレエ界の現状として、過去の古典をもう一度上演する風潮はない。モダンバレエに重点が置かれている。
『La Source』再演にあたっては、現代的な舞台装置と、ある一定の格を備えた衣装で臨んだ。

3つ目、ロマンチックバレエ作品におけるバレエダクシオンとバレエアブストレについて。
これも既にmizukoさんが書かれています。『海賊』はバールにとってはバレエダクシオンでありロマンチックバレエではないとのこと。
初演の『ジゼル』のような抽象的な終わり方を、ゴーチエは好んだと思う。
フォーキンの『薔薇の精』と『レ・シルフィード』は私にとってはゴーチエを象徴している。香りが舞台に残るような抽象性を暗示している。
 
以上が質疑応答のメモです。


ほとんど走り書きだったので自分の字が読めなかったり、メモ書きが時間通りに並んでいなかったため、間違いがある可能性があります。
私も、どなたか補足頂ければと思っています。
よろしくお願いいたします。




Dernière édition par mutsumi le Dim Juin 10, 2012 8:38 pm; édité 1 fois
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mizuko



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MessagePosté le: Lun Juin 04, 2012 3:16 pm    Sujet du message: Répondre en citant

Mutsumi さん、どうもありがとうございます Very Happy 改めてとても興味深い内容だったことが思い出されます。


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