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Interview + Reportage photo : FANNY FIAT / ELEPHANT PANAME

 
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mizuko



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MessagePosté le: Sam Sep 08, 2012 4:12 am    Sujet du message: Interview + Reportage photo : FANNY FIAT / ELEPHANT PANAME Répondre en citant

トップ項目でもお知らせ。


ファニー・フィアットと兄/弟で画家のローランによるアーツセンター ELEPHANT PANAME が、パリの中心、マドレーヌ地区に9月14日にオープンします。 仕上げの工事に忙しい現場をファニー・フィアットの案内により、Haydn さんが取材しました。 そのレポートの特設ページができてますので、是非どうぞ! 歴史を感じる華やかな装飾の内装を残す部屋がある一方で、ダンススタジオはすっきりとモダン、天井がガラス張りのスタジオもあったりと、写真を見るだけでもワクワクしますよ! (インタビューはこれから解読します。 ボランティア歓迎。)





Fanny Fiat présente "Eléphant Paname"


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mizuko



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MessagePosté le: Mar Sep 18, 2012 2:38 pm    Sujet du message: Répondre en citant

Fanny Fiat のスレッドからコピーしておきますね。 大雑把な和訳です。


2012年9月4日:パリにアーツセンターをオープンするファニー・フィアットに聞いた

2012年9月14日、パリ、マドレーヌ地区に "アートの複合センター" と呼べるであろう「エレファント・パナム」がオープンする。 センターの大部分はダンスと造形芸術に関する施設に当てられていて、しばらくするとレストランも入り、全てがそろう。 この野心的な冒険は、ファニー・フィアットと兄/弟のローランがはじめたもの。 ローランは画家、ファニーは元パリ・オペラ座のダンサーである。 ファニーは2009年年にオペラ座を退団したけれど、マルセイユを拠点に活動するジュリアン・レステルのダンスグループのソリストとして舞台に立ち続けているため、現在は企業主と振付家という二つのキャリアを同時に歩んでいる。 ファニー・フィアットはダンソマニのインタビューに快く応じてくれて、まだ工事中のエレファント・パナムを案内してくれた。 間近のオープンを控えて、ちょうど現場では仕上げの作業が行われているところであった。


I. Réminiscences de l'Opéra de Paris

Q. パリ・オペラ座をあまりにも早く退団するに至ったのには、何があったのですか?

いろいろね。 私はかなり好奇心旺盛な性格で、オペラ座の外の出来事について見てみたかったの。 30歳になっていたし、行き詰まっている感じがした。 スジェでたくさんの作品も踊ってたから、まだ踊り足りないということは全然なかったわ。 それが後押ししたのね。 自由になりたかった。 それで、突然、1年間無給で休職したのよ。 そのときに、パリにはダンススタジオが多くないことに気がついて、パリでダンスのための何かやってみようというアイデアが急に浮かんだの。



Q. パリ・オペラ座を退団したとき、頭の中にはアイデアはあった?

頭の隅にはあったわ。 まだ具体的ではなかったけど。 でも、ダンススタジオ、とにかくダンスのために何かするという計画は既にあった。 退団するに当たって、さらに詳しく調べたりして、あっという間に具体化したわ。



Q. あなたの計画は、例えば、他のカンパニーで踊るということではなかったんですね?

踊りは続けたかったけれど、休息も必要だった。 自分はどこにいるのか、本当は何かしたいのかを知るためにね。 同時に全て少しずつ進めていったわ。 人と会ったり、計画を立てたり、よそで踊ったり・・・



Q. オペラ座を辞めるという決断は、長い間考えていたことですか? それとも、ふとした思い付き?

あぁ、違うわ。 思い付きで物事を決断したりしないもの。 そういう性格じゃないから! 私はしっかり考えるタイプよ。 一晩寝て、翌朝には辞めたとかじゃないわ! 心の奥にはあったことで、オペラ座に言わなきゃいけないことは全部言ったと思ったし、別のことも言う必要があったのよ。



Q. パリ・オペラ座を辞めてから数ヶ月の間はどうでしたか? 何かを断念したという気持ちはありましたか?

いいえ、何かをあきらめたとは感じませんでしたね。 人生が変わったと思いました。 全く違う感覚でしたね。 何も捨てていない。 オペラ座で学んだことは全てほかでは学べません。 オペラ座は素晴らしいメゾンです。 これからもずっと私の家であり、私が踊った役は特別なものです。 私が経験したことを否定するつもりなんて全くありません。 ただ、私には自由が必要だったのだと思います。 オペラ座のようなメゾンではそれを満たすことはとても難しいのです。 やはり大きな機械みたいなものだから。 あとは、性格によるものよ。 でも、オペラ座を <<見捨てた>> という感覚はないわ。



Q. 戻ってきてほしいと言った人はいないのですか?

・・・いない!



Q. オペラ座在籍中は、ダンサーとしてのキャリアに終止符を打とうと思いましたか? 例えば、教師になろうと思ったことは?

教えることは、ノーよ。 踊ることについては少しの間休止したけど、身体と頭と相談して、自分が今どうであるかを知ることは必要不可欠なことだと思うわ。 でも、舞台を去るという考えはなかったわね。 舞台というのは、麻薬みたいなもの。 舞台に立たなければいけない、そんな瞬間があるのよ。 仕事であり、情熱でもある。 踊ることとこのプロジェクトを同時に進めることができたら素晴らしいわって自分に言い聞かせていたの。 そんなときに、そしたら、ジル (・ポルト) とジュリアン (・レステル) に出会った。 いいタイミングだったと思う。



Q. どこか特定のダンス・カンパニーを考えたりは?

いいえ、全然。 大きなカンパニーを辞めたところだったのよ。 階級制度がある大きなカンパニーに戻るなんてできなかったわ。 それははっきりしてた。



Q. ジュリアン・レステルのところに行ったのは、何故? 彼自身もそうですが、パリ・オペラ座出身のダンサーが何人もいますよね。

(笑) えぇ、確かにそうね、私たちを結びつけたのには素敵な友情のストーリーがあるの。 ちょっとした再会とも言えるものよ。 彼がやってることを見たことがあって、彼のダンスのスタイルがとても気に入ったの。 ネオクラシシズムは私が大好きなものだし、そこには感情があったわ。 私は、これがまさしく私が表現したいことだと思った。 マルセイユで再会することができたわ。 彼は新作を計画していて、私に参加したいかどうかを尋ねたの。 参加したいと答えた。 今では新しい企画がたくさんあって、これからも一緒に仕事をしていくことにしているわ。 ダンスでの素敵な出来事に加えて、友情の方でも思いがけない素敵なことがあったわけ。 カンパニーには、パリ・オペラ座出身のダンサーが4人もいるのよ。 ジュリアン、ジル、ニコラ・ノエル、それに私よ。 すごく心地がいいわ。



Q. マルセイユには特別な縁があったのですか? それとも偶然?

父がマルセイユ出身なの。 それと南フランス出身の親戚がいるわ。 つまり、そうね、私の兄/弟と私は、常に南フランスに強く引かれていると言えるわね。 On y est un peu chez nous.(私たちの中にちょっとあるのよ。)



Q. それで、エレファント・パナムがオープンしますが、ジュリアン・レステルと彼のカンパニーは、パリで仕事をすることになるのですか?

ええ、もちろん。 私もマルセイユに行くわ。 いくつか素敵な新作の計画がそのままになってるから。



Q. パリ・オペラ座を退団したあと、オペラ座との関係は完全に断ってしまったのですか?

<<関係を断つ>> ということをどういう意味で使うかによると思うけれど。 連絡を取ることはあったし、親友は今でもオペラ座で働いているわ。 だから、オペラ座との関係を完全に断ったというわけではないわね。



Q. ダンサーにとって、パリ・オペラ座にいたというのは、別の場所でキャリアを築くにあたって、切り札になりますか?それとも足かせ? <<ラベル>> に依存しすぎなのでしょうか。

当然切り札よ。 パリ・オペラ座と契約することは、全てのプロのダンサーにとっての夢だもの。 トレーニングになるし (オペラ座のスタイルを身につけられるし?)、特別な名刺をもらうことになるわ。 ともかく私にとっては切り札だったわね。 間違いなく。


Q. パリ・オペラ座を辞めるにあたって、心残りだったことはありますか? 踊りたいと思っていた役とか、出演する機会がなかった作品とか・・・

ええ、もちろんあるわ。 それは普通のことで、ダンサーは皆踊ってみたいと思っていても踊ったことのない役が二つか三つはあるものだと思う。 まずは、キトリね。 これは全幕で踊ってみたかったわ。 代役で、『ドン・キホーテ』 の第三幕に急に出番が回ってくるとかではなくてね。 私は、自分には何ができるかできないかを知っているし、自分の限界もわかっている。 でも、キトリは、できるという確信があった。 あとは、『ジゼル』 のミルタ。 すごく踊りたかったわ。


II. Eléphant Paname

Q. エレファント・パナム Eléphant Paname はどなたが発端だったのですか? 何故外国語の名前を?

名前の由来? 兄/弟よ。 私と一緒にこのプロジェクトを立ち上げたの。 彼のほうが上手に答えられるんだけど・・・ (そこへローラン・フィアット到着) 実はこの場所はナポレオンⅢ世の時代のものだからなの。 あの時代には、ちょっと奇怪なんだけど、「エレファント」 にもたれかかってるみたいなたくさんの建築についてのプロジェクトがあったのよ。 例えば、バスティーユの象 l’Eléphant de la Bastille [編集: 実際は、最初に計画されたのはナポレオンⅠ世の頃だが] は、フランス第二帝政時代を象徴する動物よ。 それに、名前自体が、ちょっとずれてておもしろいと思って。 あとに続く 「パナム Paname」 は、パリを表すの。 植民地だったパナマにいた人たちがパリに戻ってきたとき、有名な麦わら帽子とか、パナマのファッションをもちこんだんだけど、それらが首都のパリで大流行して、パリとパナマが一緒になってしまったのよ。 [編集: 実際は、「パナマ」 は、同名の運河建設のため雇われていたエクアドル人作業員たちに奨励 (?) されていたのだが、その20世紀初頭のパリでは、大々的に広まっていた。(麦わら帽子のことだと思います。)]  それで、私達の施設のロゴは象にすることにして、お披露目のポスターにも象を起用することにしたの。 [編集: チュチュをつけた象]



Q. 何故このようなプロジェクトを世に送り出したのですか? 元ダンサーであれば、より自然でリスクも少ない、例えばバレエの教育に携わるという選択もあったと思いますが。

人生にはクレイジーなこともあるから。 普通と違うことをしたいと思ったら、ちょっとクレイジーなこともしないと。 実のところ、もともと二つの違ったプロジェクトがあったの。 ひとつは私ので、ダンススタジオをオープンさせること。 もう一つは [編集: 画家の] 私の兄/弟ので、ギャラリーをオープンさせること。 でも、そのギャラリーは普通のアートギャラリーではなくて、例えばコーヒーショップを併設させたりと、よりオリジナルで打ち解けたものにしようとしていたの。 ある日、彼が私のところに来て、造形芸術とダンスをお互いを補完するように一緒にやれないかと尋ねたわ。 そうなると、もっと広い場所がすぐに必要になったから、状況が少し変わった。 ダンススタジオだけでも広いスペースがいるわ。 狭くてはダメ。 それにアートギャラリーやほかの施設を併設するとなるとね。 どんどんよりよいものにしようと考えるようになったわ。 このプロジェクトが可能になるような場所を探して、いろいろな建物を見て回った。 気に入ったものもあればそうでないものも。 それで、この館に行き当たって、一目惚れしたの。 全てが目に浮かんだわ。 これがまさしくやろうとしてたことで、クレイジーなこと。 でも、気分がよかった。



Q. それで、プロジェクトのコンセプトは時が経つにつれて更に展開していった?

ええ、赤ちゃんみたいに、妊婦みたいにね。 場所や私たちが見つけたもの [編集: 木造部分や古い絵画] だけではなくて、想像していたよりはるかに大掛かりな改装工事が必要だった。



Q. オペラ座の近くに、歴史的な建物を意図的に探してた?

いいえ、そんなことはないわ。 偶然よ。 不動産会社の紹介で訪れて、気に入っただけよ。 私たちは、充分な広さがある場所を探していただけで、建物のスタイルやロケーションについては先入観はなかったわ。



Q. プロジェクトを立ち上げるにあたって、特定の人々を対象にしましたか? 例えば、市場をリサーチしたりというのは?

いいえ、芸術を愛する全ての人にふれたかったし、そういう人々が出会う場所が必要だと思った。 アーティストと一般の人々が出会って、居心地よく感じるような <<メゾン>> があればと思った。 それに、全ての芸術が交じり合える場所もほしかった。 それから、ダンスに特化している le Centre du Marais のような既に存在している施設とは違うものにしなければ。 私たちの活動の重大な部分は、展示会のプログラムになると思う。 写真、絵画、彫刻など、多彩な展示会を企画してるの。 2014年までスケジュールが詰まってるわ。 ダンスのほうは、1年間を通してのコースもあるけれど、スタジオは時間や1日での契約も可能よ。 いくつか公演も予定してる。 Europa Danse の公演があるわ。 コンサートもある。 特別なイベントのために、«privatisés» することもできるわ。 [すなわち、貸切] レストランも入る予定。 エレファント・パナムの "ハブ" みたいになって、アーティストと観客が知り合う場所になってくれたらと思ってる。 



Q. ちょっとお聞きしますが、展示会についてですが、プログラムを組んでいるのはあなたなのですか?

いいえ、違うわ。 展示会については、むしろ私の兄/弟の領域よ。 2013年の初めに開催するノエラ・ポントワ展のように、ダンスに直接関連することでなければ。 




Q. ノエラ・ポントワを選んだというのは、あなたにとって、特別な意味があるのですか?

彼女は私の先生で、オペラ座でも私の教師でした。 並外れたキャリアを歩んだ人ですが、あまり多くは語られていないと気がついたんです。 展示するのは、写真、映像、衣装、ポスター、手紙、髪飾りなど、これまで公開されてこなかったあらゆる個人的なアイテムです。 くわえて、展示会は、<<演出>> が施された本物の作品となるでしょう。 私たちは壁に写真を展示するというやり方では満足しませんから。



Q. そのために、舞台美術の専門家と共同作業を行うのですか?

ええ、プロの人たちと仕事をしていくつもりです。 私たちだけで全てをやっていくのは無理だもの。


Q. そういった点では、技術的なことや管理・経営、広報などの仕事を目の前にしたとき、どのようにやったのですか? 踊っているあいだに準備していたわけではないでしょう?

有能な人たちが取り囲んでくれたのよ! それぞれが明確な専門分野を持っていて、エレファント・パナムの中に小さなファミリーのようなものを形成したの。 仕事の大部分は私と兄/弟が実践したけど、スタッフを雇う必要もあった。 この規模の組織を運営するのは、二人では無理よ。



Q. これだけの規模の事業を立ち上げるのに必要な資金は、どのようにして集めたのですか?

まず、投資してくれそうな親戚を回ることからはじめたわ。 銀行にも相談した。 経済危機と言われているこの時期には奇妙なことに映るかもしれないけど、銀行は私たちのことを注意深く見守って、信頼して、支援してくれたの。 それだけじゃなく、私たちが取得する前には、この建物には・・・銀行が入ってたの! 19世紀には、Prince Soltykoff が所有していた。 中世美術の最高級のコレクションを持っていた人よ。 [編集: Pierre Soltykoff のコレクションは、1861年、オテル・ドゥルオーで競売にかけられて売却され、大部分は、ロンドンにあるヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の代理人であった英国人商人 John Webb が取得した。 なお、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館は、当時はサウス・ケンジントン博物館という名前であったが、現在と同じ場所に立っていた。] そして今、芸術がこの場所に戻ってきた。 普通では考えられないことね。 普通だったら、銀行が芸術のための場所を所有することが多いでしょ。 逆はないわ!



Q. ダンサーであるときは、事業を立ち上げるリスクを背負うということについて、どのように考えてますか? 毎晩ちゃんち眠れますか?

舞台に立つときのようなものね。 不安は感じるし、夜眠れないときもあるけど、それはいいストレスだし、やる気にさせてくれる。 リスクをとるのは好きだわ。 パリ・オペラ座をやめるというのもリスクだったし、兄/弟とこの事業を立ち上げるというのもリスクだったわ。 でも、やりたいことだから。



Q. レストランというコンセプトが、プロジェクトに組み込まれるのですか? これは、ダンサーの栄養不足を補うための料理を提供していくものですか? それとも、もっと一般的にスポーツのような?(?)

決してそうではないわ! ともかく、ダンサーたちは、ほかの人たちと同じように、良い物でバランスが取れていれば何でも食べます。 私なんて、グルメなのよ! 私たちにとって、レストランは欠くことのできないもので、待ち合わせをすることも出来るし、公演や展示会のあと立ち寄って、議論を交わしたり、アーティスト - ダンサーやダンサー以外の - に出くわしたりということもあるだろうし、いいワインを飲むことだってできる。 価格が問題で、 私たちは «haut de gamme accessible» [手が届くハイクラスとでもいいますか] に位置したいと思っているの。 まだ価格設定を示すことはできないのだけど。 今のところまだ公には出来ないから。 企業秘密! ただ、リーゾナブルな料金でおいしい料理を楽しめることは間違いないわ。



Q. それでも純粋にアーティストとしての活動をする時間はあるのですか?

ええ、もちろん。



Q. ダンスのレッスンは? 一般に開かれたものになるのですか? どのようなクラスがあるのでしょう?

ええ、ダンスのレッスンは全ての人が受けられるものよ。 クラシック、ジャズ、コンテンポラリー、ヒップホップ、タンゴ、などのクラスを開くわ。



Q. 会員制度はありますか? クラスの料金はどのようになるのでしょう。

私が決められるものではないの。 料金については、スタジオを借りている教師 (講師) が自由に設定できるものにしている。 この点からは、私たちの活動は le Centre du Marias と同じものになるわね。 ただ、私自身は教えないわ。 やってみたいと思わないし、向いているとも思わないわ。



- 以 上 -


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